「母語」と「母国語」

「母語」と「母国語」は、どう区別して使っていますか。皆さんの「母語」「母国語」はそれぞれ何でしょうか。
ことばの習得は、赤ちゃんが母親のおなかの中にいるときからはじまっています。生まれてからは、母親や父親などの養育者とコミュニケーションをとることで、少しずつ養育者のことばを理解していきます。こうして身につけていく、人が初めて触れて学んでいくことばのことを「母語」(英語では mother tongue )といいます。子供は、母親のおなかの中で初めてことばに出会い、多かれ少なかれ、生まれた後も母親が中心となり育てられる過程でことばを学んでいきます。「母語」には母から学ぶことばという意味が含まれています。
「母国語」というと、母国で話されていることばと捉えることもできるため、言語学者や言語教育者は、「母語」と「母国語」を使い分けています。例えば、アダーさんは生まれた国と国籍はインドですが、赤ちゃんの時にイギリスへ移り、イギリスで育ちました。母語は英語で、ヒンズー語は日常会話程度話せます。アダーさんの母親はイギリス人で、話すことばは英語です。父親はインド人でヒンズー語を話しますが、英語も流暢です。こういった環境で育ったので、アダーさんは英語が母語となりました。このように、母国語と母語は必ずしも同じとは限りません。
現在でも、一般的には「母国語」が多く使用されていますし、1970年代あたりまでは日本の言語学の世界でも、母語のことを「母国語」ということが多かったため、そちらの言い方になじんでいる方が多いかもしれません。
では、1970年代には、mother tongueがどう訳されていたか、辞書を少し見てみましょう。
 mother tongue
 小学館 ランダムハウス大辞典(1974) 母国語
 研究社 現代英和辞典(1973) 母国語
実は、現在最新版である小学館 ランダムハウス大辞典第2版(1994)では、未だ「母国語」と記載されています。大修館 ジーニアス英和大辞典(2001)では、「母語」となっています。大辞典は使用者が少ないため、改訂も少ないことが原因と言えるでしょう。
ちなみに、国語辞典の最高峰とも言われている『日本国語大辞典』では次のように記載されています。
  ぼこく-ご【母国語】
   [名]自分が生まれた国や所属している国の言語
  ぼ-ご【母語】
   [名]①(英 mother tongueの訳語)幼児期に最初に習得される言語。第一言語。
      ② (フランス langue mère ドイツ Ursprache の訳語)
        同じ系統に属する諸言語の源である言語。
        例えば、フランス語、スペイン語、イタリア語などの母語はラテン語である。
        祖語。
最近の動向としては、英語表記ではmother tongueの代わりに、native tongue やnative languageの使用が多くなってきました。mother tongueということばには、「母」が子どもの世話をするという「養育者≒母」のイメージが強く現れているためです。言語研究分野では、first languageという語彙も使われており、日本語では[第一言語」と訳されています。
言語と文化、思想、考え方は切っても切り離せませんが、人間は少しでも円滑なコミュニケーションが行えるようにことばを変化させていきました。これもことばの面白いところです。
(Miho TAKANASHI’s HP「ことばの不思議:母語?母国語?」に加筆したものです)

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